マツのみらい商店

大人も子供も楽しく学びあえる場作り=21世紀の学びを日々研究。日本で唯一の北欧流ビジネスデザインアカデミアLeare Academyの1期生。真剣な課題を面白く、面白い課題を真剣に。 年中夢求で営業中です。

人生で4つのイベントが猛烈な努力を生む 〜凡人以下が幸せを作るには?〜

 

確かプロブロガーにしてインフルエンサーはあちゅうさんのツイートで

「これからのマーケティングは4Pから4Sへ」みたいなのがありまして。

その4Sっていうのが

 Story(商品よりも物語)

 Share(営業よりも口コミ)

 Schedule(場所ではなく時間の占有)

 Speciality(マスではなく個への特別感)

だそうで。なるほどーって感じですよね。

マーケティングではありませんが、この4Sを眺めていたら

「凡人の努力」ではなく

ボクという、少年時代「凡人以下だった」人の努力について書きたくなりました。

「普通の人でも夢中になって好きなことをやれば大きな成長がある!」

これは最近よく言われますよね?

で、一定数は「いや、やっぱり努力できているのが凄い」とか

「すげー好きなことを見つけている時点で普通じゃない」とか

そういう意見を言いますよね。

ボク、何となく共感できるんですね。

ボクも中高生時代、好きなものとか無かったし。

かといって武勇伝もないし、これといって普通…というか、

明らかに普通以下の少年でしたから。

ボクなりに努力や工夫を続けてきて、

大学も入学・卒業を無事に果たし

今も会社で曲がりなりにも幹部の端くれとして

多分普通のサラリーマン年収平均はゆうに超えるくらい稼げている。

「凡人以下の猛烈な努力」はスーパーマン、とまではいきませんが

そこそこしっかりした人生を築くことはできるんだな、と思います。

 

今回はそんな普通以下・凡人以下だったボクが自身を振り返って

「凡人以下の人が努力できるきっかけをくれる4つのイベント」と

「凡人以下の人間がシワ背を作るためには?」ということについて綴ります。

 

 

【本日の目次】

 

①「凡人以下」だったボク

最近いろんな啓発本やビジネス本で「普通の人でも驚くような成長ができる!」

とかそういうフレーズ多いですよね?それは多分間違いじゃない。

ボクもすごく憧れますし、努力というか、手を動かし試行錯誤するのは

素晴らしいし、見習うべきことなんだと思います。

でも、ボクは少年時代「普通の人以下」だったと思います。

まずね、圧倒的に病弱でした。小学校6年生で体重20キロちょっとしか無い。

ガリガリに痩せていて、田舎で野生的な生活をしていたのに弱い(笑)

食べ物もきちんと食べられません。お茶碗一杯のご飯を食べられない。

無理して食べると吐いてしまうのです。

季節の変わり目はいつも得体の知れないデキモノが体にできて寝込んでしまう。

まず自分という人間が弱かった。

そして家族もいろいろありました…

9歳の誕生日に父親が蒸発してしまうのですね。

母親にある時散歩に連れていかれて、真面目に自殺の相談されたりとか(笑)

その影響なのか、赤面症・軽い対人恐怖症みたいになっちゃって。

学校の音楽の授業とか苦痛でした。先生の前で歌うと膝が震えるんです。

顔もみるみる真っ赤になってしまって…

運動も苦手。走るの遅いし、筋力がないから大抵はダメ。

勉強もこれといって好きも嫌いもない。苦手は多かったですけど。

なんかもう、ちびっ子の頃は将来への夢なんて考えたこともなかったような。

 

②人生イベントⅠ:窮地に立たされる

で、そんなそんなボクが人生で最初に少し努力しようと思ったのは

まさに9歳の誕生日。父親が蒸発してしまって母子家庭になってしばらくしてから。

母親の情緒不安定度合いとかヤバかったんです。(今は極めて良好)

ボクはその時すごく憧れたんです。普通であることに。

普通に中学生になって、普通にご飯が食べれて、

普通に大人になって、普通に夜更かしができる!

(当時のボクの脳みそではこれが限界)

多分人は大なり小なり大きなショックと共に変わるきっかけがあるのだと思います。

ボクはこの「父親がいなくなる」そして

「母親が情緒不安定になる」ことに直面して、一つめの分岐を迎えました。

結果的に小学生時代は何もできませんでしたが、

少なくとも9〜10歳くらいのボクは

「何とかして普通になろう!」と決意したのでした。

 

③人生イベントⅡ:人との出会い

ボクの人生を振り返って様々なイベントはあったと思いますが

やっぱり大きいのは人との出会いでした。

ボクの場合は予備校講師との出会い。冒頭に書籍を貼ってある

東進ハイスクールの英語講師、安河内哲也先生。

この方との出会いはそれまでのボクを一気に変えてくれました。

漠然と「普通の人生」を夢見ていたボクが17歳の時、

予備校の無料体験会みたいな奴でビデオ講座を見たんですね。

その時、映像の向こうにいたのが彼でした。

当時は受験熱もまだまだ高かったですから、彼は画面越しに言うのです。

(まあ画面越しなんでボクに言ってる訳ではないんですけど)

「大学受験は一発逆転できるチャンスだ!」

「努力した分だけ必ず伸びる!」

そんな下手なエールを送ってくれるのです。

当時のボクはそれを聞いて頑張ろう、と思いました。稲妻が走ったのです。

「俺でもやれるかもしれない!」と本気で思いました。

今、沢山の子供達を相手に仕事をしているのも、このころの経験が元になっています。

まあ「やろう!」と思っただけでそう簡単に行くハズもない。

何しろ初めて受けた全国模試の偏差値は35でしたからね(笑)

それこそ「死ぬ気になって」勉強して、やっと一歩前進て感じでした。

1日12時間以上の勉強は当たり前。

人が3回やってできると言うことをボクはできないので5回6回繰り返す。

それでも覚えられなければ腕にシャーペンを刺して、痛みで覚えてました(笑)

風呂もトイレも勉強。

寝るときも自分で録音した音声を聞きながら眠る。

(あまりお金がないので自分の録音で節約していた)

勉強のしすぎで過労で倒れても(元々体が弱かったからね)、やる。

成績が伸びなくても、不安でもやる。(悩んでいることが時間の無駄) 

今振り返れば本当に「人との出会い」で変われるものは多いなぁと思います。

どういう出会いであれ、人との出会いや付き合いでかあることは確実。

ならばとりあえず沢山の人に会うのは、間違いは絶対にありません。 

 

④人生イベントⅢ:大きな挫折感

受験生として死ぬほど努力をしたら、まさにビリギャルのように格好良く合格!

 …と、いきたかったのですが結果は現役時代全部不合格。。。

勉強めちゃんこ頑張って、偏差値も35→72まで上がったのに、です。

ボクはメンタル弱かったんですよね。

受験本番っていうか、その前からもうダメなオーラ出てました。

今でいう「アンチ」的な存在のせいね。

本当にめちゃくちゃ勉強頑張って、予備校でも目立ってたんですよ。

成績上がってたし。地元の女子高生にも声かけられたり。(人生初!)

でも目立つとアンチみたいなやつが出てくるのは昔もありまして。

自習室とかにいて、トイレに行って戻ってくると

机にペンで「打倒〇〇(←ボクの名前)!」と書かれていたり

謎の無言電話が家にかかってきたり(当時は携帯などまだ無かった)

今でこそ流せますが、当時はメンタル弱かった。

「この注目度合いで合格できなかったら周りから笑われる…」とか

真剣に悩んで泣いていましたね(笑)

で、全然自分をコントロールできずに全滅。

でもこの時いくつかのことを学びました。

・努力をすれば必ず何かしらの成長が、どこかの数値などで見て取れる。

・全ての努力が報われるわけではない。人の評価も結果があるから。

・でも努力しないと報われる確率は0のまま

・失敗して落ち込んでも、結局その後頑張れるかどうかで人生は変わる(かも)

・多分同じように頑張ってもダメで苦しんでいる人はいる。痛みを理解しないと…

 

当時は相当落ち込んで「やはり凡人以下は凡人以下で普通には慣れない…」

と一晩中ブランコに座って泣いていました。

が、やるしかない。

父親のいないそれなりの貧乏家庭なのに、母親に土下座して浪人したのです。

結果、1年後に都内の国立大学に通うことになったので、結果オーライかな?

でも1年後の結果以上に、挫折から学んだことは大きかったです。

 

⑤人生イベントⅣ:大恋愛→大失恋

中高生との会話でよくいうことがあります。

「20歳くらいまでに大きな挫折と大失恋は経験した方が良いよ!」って。

「多分ね、その方が人に優しくなれるし、人の痛みがわかる大人になる!」と。

本当、どの口が言ってんんだ、って当時は思っていました。

高校生時代も普通に憧れたボクは恋愛っぽい何かに挑戦はしていました。

が、まあそこは凡人以下。満足に「恋愛!」と呼べるものはなかったですね。

代わりに仲の良い先輩に女子が多かったのは救いでした。

(色白で痩せていたから女子力高めに見えたのかな??)

初めてちゃんとした「恋愛」したのは大学2年生の頃。

それも同じサークルの1つ年下の後輩(The!普通の大学生。これぞ憧れ!)

結果的に紆余曲折ありつつも、この子と6年間付き合ったのですよ。

長いですねぇ。(長いですよね?)

共に自宅通いの学生でしたから苦労もありましたが。

 

一緒に旅行も初めて行って

初めての「半」同棲生活も経験して(これもボクの中で普通への憧れでした)

初めて一緒に料理して

ボクの就活生時代の精神不安定も支えてもらって

彼女の就活精神不安定期を社会人になったボクが支えて

まあでも、結局いろんなことがすれ違って別れたんですけどね。

 

この時は大失恋で飯が食えない!泣いてばっか…というと全くそういうのは無い。

ただ寂しさがジンワリじんわり…って感じでした。

今思うと「普通の社会人」「普通に頑張れること」に

目が向き過ぎていたのかもしれません。でも、沢山の思い出とともに

「あぁ、やっぱりこういう経験をするとまた違った言葉が使えるな」と

妙に冷静に、前向きになっていましたね。

会社でも初めて管理職に抜擢されたのはその翌年のことでした。

(当時最年少で結構なポストをいただいたのです)

 

⑥自分なりの幸せと自問自答が人生を豊かにする

ここまで書いて見て自分で思ったこと。

「文字にするとスゲー普通やな(笑)」っていうこと。

まあでも、普通に憧れ続けた凡人以下の10代でしたから、

ある意味目標は叶ったのかな?とも思います。

 

今はいろんな意味で「個」がフォーカスされる時代です。

それは多分間違いない。

良いことでもあり、人によってはちょっと息苦しさもあるかもしれません。

何しろ「普通」という概念はもはや存在しませんからね。

 

ずっと「普通」に憧れ続けたボクは今、何を思っているか?

それは「もう少し普通でないことも愛してあげても良かったかも」ということ。

当時のボクには、まあ無理な話かもしれませんが。

今改めて振り返って思うこと。

・好きなことやりたいことはあるのは素敵。でもなくたって別に良い。

・「もうこれ以上無理」と思うくらいの努力は必ず人生を豊かにする

・①大きな環境変化、②人の出会い、③挫折、④失恋の4つは大切!

・上の4つのイベントで人は猛烈に猛烈に努力するチャンスを掴める!

・だからその時が来たらチャンスは掴み取るべし!

・落ち込んで、めっちゃ泣いた後でも良いから努力するチャンスは掴もう!

 

めっちゃ努力して、出世したり成功を収めて幸せになるのか?

多分答えはNOですね。まだ生きてる途中なんでわかりませんが。

生きている中で大切なのは次の二つ。

 ①常に「自分の幸せはこんな感じ」をイメージ&アップデート

 ②常に「自問自答」を繰り返す。上記①のために

 

多分凡人とか、秀才とか天才とかでなく①②が大切なんだな…

ということが最近とてもしっくりくるんですね。

普通か否かとかどーでも良い。

凡人どころかそれ以下のボクも強く思います。

4つのイベントはあくまでも「ただのキッカケ」なのでしょうね。

大人も子供も、常に自分に問いかけながら悩みながら成長する。

で、たまに「ここぞ!」とばかりに猛烈に頑張る。夢中になる。

その繰り返しで結果的に幸せな人生は創られていくのですよ!(多分ね)

 

ではでは!